一回戦負けでも、自慢の息子

柔道は本当に厳しい。

先日、長男がインカレに出場した。

結果は一回戦敗退。大外刈りで一本負け。

正直、ぐうの音も出ない程の負けだった。

親として見ていても、辛くて胸が痛む。

でも、長男は「ごめんなさい」と言った。

そこで俺は言ったんだ——

「馬鹿か、謝る必要があるか!」

勝負の場で全力を尽くした息子に謝る理由なんてどこにもない。

むしろ、挑戦してくれたこと、その畳に立ったこと自体が誇りだ。

格闘技は厳しい。一本取られれば、まるで「殺された」ような衝撃を受ける。

でも、武道はそこで終わらない。

牛島辰熊の言葉のように——

「生の先に死あり、死の先に生あり」

死んでも、何度でも立ち上がる。それが武士道精神だ。

長男もまた、そういう風に育っている。

「一回殺されたくらいで辞めない。何度でも立ち上がる」

俺はそう教え、そう生きてきた。そして今、息子の言葉として畳の上で返ってくる。

武道の本質は勝利だけではない。

命を懸けて戦う姿勢、その過程で何を感じ、何を学ぶか。

木村政彦の「なぜ力道山を殺さなかったのか」を愛読する俺と長男にとって、この精神は体の奥まで沁みている。

結果は一瞬で変わる。でも、挑戦して立ち上がる姿は永遠に残る。

そして、親として一番誇れるのは、そんな息子を胸に抱けることだ。

長男よ。君のその姿勢と心意気、俺は心から誇りに思う。

君はいつだって、俺の自慢の息子だ。