夕方になると、なんだか虚しい…それ「黄昏病」かもしれません。

夕方、ふと時計を見る。
「あれ、今日の私…何してたっけ夕方になると、なんだか虚しい…それ「黄昏病」かもしれません。
家事もした。買い物も行った。子どもの送り迎えもした。忙しかったはずなのに、なぜか胸の奥にぽっかり穴が空いたみたいな感覚になる。
そして、気づけばスマホを手に取っている。ニュース、SNS、動画。指は動いているのに、心は満たされない。
——そんな経験、ありませんか?
私はこの状態を「黄昏病」と呼んでいます。最近、塾の子どもたちにも、この症状が本当に増えました。夕方になると急にやる気が落ちる。
「今日の自分、何もしてない気がする」と言う。
だから現実から少し逃げるように、スマホへ手が伸びる。昔は少なかった感覚です。でも、これは単純にスマホのせいではないと私は思っています。昔だってゲームも漫画もテレビもありましたから。むしろ原因は逆かもしれません。満たされている環境です。不自由が多い時代は、「生きるだけで精一杯」でした。考える余裕がないほど、毎日が目的で埋まっていた。
でも今は違います。衣食住が整い、安全で、便利で、時間もある。だからこそ、人は「意味」を探し始める。そして意味が見えない瞬間、心は夕暮れみたいに沈む。もちろん、貧しいほうがいいなんて思いません。私だって、貧乏は嫌です。
だから私は、ある習慣を大事にしています。それは——
「明日のために朝起きる」こと。
目的は大きな夢じゃなくていいんです。息子の朝練のために起きる。家族の朝ごはんを作る。昨日より少しだけ前に進む。それだけで、人は“明日型”になれます。黄昏病のいちばんの治療法は、スマホを取り上げることでも、叱ることでもありません。明日が楽しみになる生活をつくること。子どもにも、そして私たち大人にも。
もし今日の夕方、少し虚しさを感じたら思い出してください。それは怠けている証拠じゃありません。もっと前に進みたい心がある証拠です。
だから大丈夫。その気持ちは、ちゃんと未来につながっています。